ナバブロと申します。
月曜日の夕方。今日も素晴らしい一日
生活の中で具体的に表現する
月曜日の夕方
4月〜9月までおかげさまで
個人的になーまら楽しく忙しい毎日を送らせてもらっている。
直近では先週のバンドの関東ツアー(高円寺、横浜)と、
昨日、関わっている事業の総会を終え、
少し日記を書く時間も作れた…
というところ。
振り返る時間すらあまりないような生活だけれど、
この半年の自分自身や身を置く環境、
関わる人の変化はここ数年のそれとは比較にならない。
「体験する」ことで得られる感覚や、
その私の姿を見ている周囲への影響、
これが凄まじい。
効果的な人生を生きようと願うなら、
やっぱり少し息切れするくらいの、
この感覚が必要かな。
月曜日の夕方
生活の中で具体的に表現する
やっぱり「原理原則」っていうのはあるもので、
これを理解して生活の中で具体的に表現するというのが、
効果的な人生につながる。
これを実感する出来事の連発だ。
たとえば、
ここのところ体験してるのが「シナジー」という原理原則。
これはつまり「それぞれが役割を果たすことで、1+1が2ではなく、それ以上になる(想像以上の成果を得られる)」ということだ。
こういった原理原則はいろいろあるんだけれど、
これらを理解して「生活の中で具体的に表現する」ってことが、
やっぱり大切なんだよね。
しっかりと回収をする
情報は溢れている。
大抵テクニック的な話が多いけれど、
中には本質的な話に触れる機会もある。
ただしどのような情報も、
それをしっかりと活用していくという姿勢を持つのは、
想像以上に難しかったりする。
なにかしら「読書」をしてもそこで得た情報を頭の中に入れておくだけではどうにもならない
なにかしら「セミナー」に出かけたとしてもそこで得た情報を頭の中に入れておくだけではどうにもならない
「エンタメ」という視点で、
自己啓発の本やセミナーを受ける(「楽しいからから!」と)ということ自体は否定をしない(→お察しのとおり、わたしもこれ系のコンテンツは大好き)が、
もしもあなたが「何かを変えたい」と思っているのであれば、
そこは一歩足を進め手を動かす必要がある。
あなたが「何かを変えたい」と考え一冊の本を手に取ったとしても、
そこで得た情報をただしまっておくだけなら、
「人生とは有限だ」という前提からすれば、
その本を読む時間は「ムダ」になってしまう。
効果的な人生を生きるのであれば、
少なくとも「投資した時間や手間」は、
しっかりと回収をする必要がある。
インプットした情報を放置するくらいなら、
そのために支払うコストは別のことに当てたほうが、
よっぽど得なのだ。
この示唆自体も「原理原則」
そこで「原理原則」をインプットして活用することの有用性について、
最後に少し整理しておく。
「原理原則」っていうのは、
そもそも変わることがない不変の原理。
たとえば、手に持っているペンが、手を離せば、地面に向かって落ちる…というようなこと。
この「原理原則」を無視して、
何かを成し遂げようと考えても、
それは土台無理な話と言える。
たとえば、手に持っているペンを、手を離した瞬間に飛び上がるようにするにはどうしたらいいか…
なんてことを考えるのは、
当然ながらほとんどの場合徒労に終わる。
それでもって「原理原則」っていうのは、
重力のような物理現象だけではなく、
冒頭に書いたような「シナジー」と呼ばれるような、
人間同士の関係性のなかで発揮されるような類のものも数多くある。
たとえば、
結果を出すには当然、
自立した人間同士の有効な協力関係が不可欠といえる(たった一人で想像を超える結果を得ようとしても、すぐに限界が見えてくる)
「原理原則を把握しないまま」
つまり「大前提を無視したまま」で
物事を進めようとしても、
それで結果を得ることなんて無理(←この示唆自体も「原理原則」といえる)
他人事のように書いているけれど、
これって実は本当によくあること。
少なからずあなたもこういったことに、
思い当たる節があるはず。
だからこそ「原理原則」を理解して、
生活の中で具体的に表現するということは、
常に意識する必要がある。
つまるところ得た知識・情報を具体的な行動に落とし込めているのか…というチェックは多分一生続けることになるのだと考えている。
改めて書くと
「原理原則」をベースに行動し続ければ、
当然のように結果がでる。
ここ最近のわたしがそうであるように、
あなたもその感覚は割と早く体験できるはず。
今日はこんな感じ。
現場からは以上です。
読んでいただきありがとうございます。
ピース。
世界平和。
ではまた。