ナバブロと申します。
土曜日の昼。今日も素晴らしい一日
キーワードは「覚悟」

土曜日の昼
今週もまた何やら謎のムーブ。
大阪にいって「運動会」に参加してきた。
3/20が春分の日(休日)というのもあり、
結局2泊3日の旅程を組んだ。
「運動会」自体ももちろん楽しかったんだけれど、
こういう機会でもないとなかなか顔を合わせることが出来ない方と、
ゆっくり話をする時間がありがたかった。
わたしの近況報告をして、
これからのことにアドバイスを貰える、
この上ない時間。
最近良く感じるけれど、
本当にわたしは人に恵まれる星のもとに生まれたようだ。
すでに受けた恩はわたしの一生をかけても、
返すことは出来ないくらい日々積み上がっている。
それでもここらへんでまた巻き直しをして、
今度はわたしが他者に価値提供をしていきたい。
こんな風に考えている。
土曜日の昼
どんな情報が自分のフィルターにかかるのか
この前の話の続きでもあるんだけど(笑)
最近のところ自分の「潜在意識」的なものが、
良い方向に変わって来ている感覚がある。
その結果として自覚できる変化として
「目にとまるモノ」や「興味をもつ情報」に、
明らかに変化が生まれていることだ。
唐突過ぎた方のために少し補足。
つまるところ、わたし達は「自分の潜在的なイメージ(自覚していない所も含めて)」によって、形作られていく。
んでもって、それを形づくる要因や過程にあるのは「どんな情報が自分のフィルターにかかるのか」ってことになる。
逆に言えば「フィルターにかからない範囲」があるわけで、
これを心理学やコーチングの分野で『ストコーマ(心理的盲点)』と呼ぶ。
たとえば「私は億万長者になるのだ」ってところに、
自分の潜在意識を持っていけたとする。
あなたがサラリーマンなら「給料でそれを実現しよう」…ってことにはならないはずで、
「どうすれば億を稼げるのか?」と考え始める。
それまでは見ようともしなかった情報に目が向く。
いきなりまぁまぁ飛躍したかもだけれど、
こんな感じ。
以降は少しなだらかな感じで書き進められそうなイメージを、
現時点では持っているのでとりあえずご安心を。
キーワードは「覚悟」
んで最近わたしの目によくとまったり、
なーんかよく見聞きするなぁというキーワードは「覚悟」だ。
(少し身近なところまで引き戻せたかな?)
自分の普段の生活や、
将来のために積み上げていることは、
誰しもあるはず。
そこに「覚悟」が全くない…という人は、
あまりいないのではと考えている。
たとえばどんなに義務的な感覚で日々の仕事に取り組んでいたとしても、
毎日時間を守り、出かけて、自分の責任を果たすということを、
長年継続するにはどんな形であれ「覚悟」が必要だからだ。
その上で「覚悟」という言葉が、
最近わたしのフィルターにかかるというのは、
どういうことか。
今週いろいろな先輩と会話するなかで、
またクリアになった。
「覚悟」はあるとして
今の自分のテーマは何か。
考えていてたどり着いたのは
「覚悟」はあるとして
・それを相手にしっかり伝えることが出来ているのか
・相手が理解できるだけの言動が伴う自分であるのか
という命題だ。
「覚悟した」「覚悟がある」なんてことは、
口先ではなんとでもいえる。
腰が引ける瞬間があるように感じるのであれば、
結局どんなきれいな言葉を並べても、
日常は「覚悟」が反映されて形作られることはない。
それは「覚悟が足りなかった」ってことにほかならない。
だから「覚悟」はあるとして、
自分の日常を振り返ることになる。
自分の覚悟を相手に見せる
振り返る時間。
そこで気づくのは比較的ニュートラル(なるべく主観的視点を排除した)な立場をとったとしても、
以前よりも「自分の覚悟を相手に見せる」ことが出来るようになってきたのと。
自分と向き合った人間に対して自分が手渡せるもの(具体的な支援、精神的な支え)の量と質は以前よりも増え、良質になっている。
感謝を受け取る機会は以前より増えた。
そしてそういったことを継続することで、
自分に課せられる責任もしっかり増えている。
自分は「低姿勢」や「感謝を伝えること」は、
心が得ているところではある。
ただ一方では「自分の覚悟を相手に見せる」ということが、
前述のことで少しフワッとしてしまい、
しっかり相手に伝わっていなかったことは、
事実あると考えている。
だからこそここからは
「自分の覚悟を相手に見せる」ってテーマとしっかり向き合い、
フワッとヌルっとさせてしまいそうな自分の性分も理解して、
伝えるべきことをしっかりと伝えていきたいと考えている。
今日はそんな感じで。
今週も収穫の多い一週間だった。
ピース。
世界平和。
ではまた。