日記

汎用性の高いスキル 20240208

2024年2月9日

ナバブロと申します。

木曜日の夕方。今日も素晴らしい一日。

汎用性の高いスキル

木曜日の夕方

今日は仕事のPM休暇をいただき、

重要タスクを一件こなした。

最近よく近い将来のことや、

少し先の未来のことを考える。

「自分にとっての最優先事項は何か」を、

いつも見失わないようにする。

これはいつもギリギリのところで、

なんとか踏ん張っている。

気を抜くと、

生活というやつは

「重要ではないが緊急なこと」ばかりで埋まってく。

そこになんとか歯止めをかける。

トレードオフも必要になることがあるけれど

「緊急ではないが重要なこと」に

本質がつまってる。

ここだけ間違えないように。

日々の過ごし方を決めていく。

木曜の夕方。

アウトプットする機会

このブログだけではなく

「アウトプットする機会」に恵まれている。

多くの場合は文章なのだけれど、

一日2000〜3000文字くらい(もしくはそれより多く)は、

もろもろでアウトプットしている。

(外向けのものではなく、個人的なものも多い)

アウトプットの量は

普段どのような仕事をしているかや、

どのような媒体で他者とコミュニケーションをとるのかで、

かなり違う。

コミュニケーションの基本やベースを「(対面での)会話」とするなら、

やはり少し違う頭を使うことが必要になるわけで、

最近はここに面白さを感じてる。

文章で表現をする、

相手に何かを伝えることを試みるのは、

本当に「良いトレーニング」になっている。

良いトレーニング

「良いトレーニング」と書いたのだけれど、

「会話」と「文章」の違いは、

まずは前提となる情報量の違いにある。

対面する「会話」は

まずは常に双方向の情報のやりとりを前提にできる。

言葉としての情報の他に、

視覚情報やその他の相手の様子から得られる情報を加えながら、

お互いの不足している情報を補い合いながら、

話を進めて行ける。

一方で文章では、

情報が一方通行になることがある。

特に本やブログを読むときなんかはそうだ。

(「チャット」や「メッセージ」のやりとりは、

「会話」と「文章」の中間っていうかな)

そして基礎となる情報が「文字のみ」なので、

対面の際とは違って情報を補いながら、

話を進める必要がある。

コミュニケーションには「感情」という要素も含まれるけれど、

感情という比較的抽象的なものを、

文章という比較的具体的なもので表現するというのは、

ある種のスキルも必要になってくる。

だから文章では、

この「感情」が抜け落ちてしまうこともあるし、

もしくは「感情」を表現しようとした結果、

文章としては伝わらないものになったりもする。

(だからメッセージのやりとりで使う「絵文字」ってやつは、

それを補完してくれる意味では有能だよね)

仮定をおく範囲が広い

コミュニケーションのミスや多重事故(わたしがよく起こすやつ)の原因には、

多くの場合「(お互いの)前提の違い」がある。

前提を揃える作業は、

コミュニケーションの基礎にはなるのだけれど、

やはり「会話(対面)」と「文章」では、

そこにかかるコストの「量」や「質」が違う。

(人によって得意/不得意もでてくる)

基本的には、

まずどうやって相手との前提揃えられるか考える。

そしてお互いの共通認識の元に、

ロジックを積み上げて言葉を置いていく。

これを考えるとやはり、

双方向で意思疎通をしながら話を進めていける会話は、

スピード感がある。

一方で文章ではまずある程度、

相手の前提を想像するというとこから始まる。

だから少し時間と手間がかかる。

そして会話のときよりも文章の方が、

想像をしたり自分で仮定をおく範囲が広い。

だから文章を書くと、

コミュニケーションスキルを磨くかなり良いトレーニングになる。

汎用性の高いスキル

では「会話」と「文章」

それぞれのコミュニケーションは、

別物と考えるといいかというとそうではない。

実際、文章を書くようになってから、

相手との会話の積み上げ方が変化しているのが、

自分でも分かる。

大きな枠での会話の展開、

小さい枠の中での言葉のやりとり。

基本的には、

相手と自分の間に共通理解の土台を作り、

その上に言葉や理屈を積み上げていくことに変わりはない。

これは「会話」も「文章」も同じ。

だから「文章」を書くことが少しできるようになると、

これは「会話」にも良い影響がでる。

まずは、さっき書いた共通理解の土台作りの

話しがある。

その他でいうと、たとえば、

昔の自分は「宙に浮くような言葉」で、

とにかくなんとか会話をもたせるようなことばかり考えていた気がする。

これが文章を書くようになり、

自分自身や相手との関係性を言葉で表現する試みを継続してみると、

まず会話で困るという機会がかなり少なくなった。

たとえば

「会話の切り口を探す状態」と

「今日は何を書こうかと考えている状態」は似ている。

普段から文章を書くことを習慣にして後者の状態と向き合っているなら、

ただでさえ情報が多い会話(双方向のやり取り)で、

困ることがない。

また会話の展開や

言葉や行動のつながりがより分かるようになってくる。

これは相手への理解にもつながるし、

そこにある関係性の理解にもつながる。

そしてこれは自分自身への理解する上でも活用できる。

「文章を書く」というのは、

いろいろな抽象的な事柄を、

具体的な形に一旦落とすのに有効。

どんな業界や分野でも、

活用できる汎用性の高いスキル。

まぁこれまた、

まとまりのない文章になったわけだけれど(元も子もないな!!!!)

それもご愛嬌で。

引き続きよろしくお願いします。

現場からは以上です。

読んでいただきありがとうございます。

ピース。

世界平和。

ではまた。

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