日記

腹落ちした人生をおくりたい 20220612

“Hello,World”

nabablog a.k.a 投資家バナナ🍌と申します。

日曜日の夕方。今日も素晴らしい一日。

腹落ちした人生をおくりたい

あてられてる

まぁ「あてられてる」

今日は結局昼過ぎまで起きれなかった。

相当に疲れていたんだと思う。

昨日、とある人と東京で会った。

衝撃の出会い。

ここ数年でもないほどの集中力で話を聞いた。

自分の今の状況を記録するという意味でも、

これまでに考えたことを少し残しておく。

本物にあったことがどれだけあるか

「本物にあったことがどれだけあるか」

こんなことが頭に浮かんだ。

わたしの周りにはものが溢れている。

手に取りやすい思考や、

おすすめの習慣なんてものも、たくさんある。

大抵の場合、

そこにあまり疑問を持つこともなく、

「なんとなく自分に合うもの」を手に取り身につける。

そうやって生きていく。

目の前にあるものを「本物」として、

受け入れて、取捨選択をしていく生き方。

一方で、

ここ数か月、そして昨日の数時間。

それは、これまでの自分の人生って

「本物だったんだっけ?」

っていう問いかけをしてくる。

考えてみればあたりまえのこと。

世の中には全く別の価値観で、

まったく別の世界を見て生きている人がいる。

ただ大抵の場合は、

今自分が見ている世界の外側なんて、

あえて見ようとしなければそれで話は終わり。

とくに日本という、

物質的な意味で比較的豊かな世界で生きていれば、

「別の世界」なんて目を向ける必要はない。

ただ「本物にあったことがどれだけあるか」というこの問いかけが、

今のわたしには結構、重たくのしかかってる。

いきなり目の前にあらわれた「本物」

その人に完全に「あてられてる」

腹落ちした人生をおくりたい

別の世界を見せられているな。

そう感じた。

何が違うのかといえば、

・前提としているもの

・適用されるルール

これがまず違う。

そこで使われる「言葉」も違う。

言葉は思考そのもの。つまり、思考が違ってくる。

わたしの普段の行動指針。

やること、やらないこと。

それを制御している前提やルール。

こういったものを、

一回ひっくり返して再構築される感覚がある。

それくらいの、説得力とパワーを目の前にした。

こんな文章を呼んでもわかるくらい、

消化不良や言語化できていない部分がある。

ただ直感的に「腹落ちした」という感覚がある。

まったく別の価値観を提示されているにも関わらず、

それを目の前にわからせる。

こんなことってあるのかと思うが、

そういうことをできるのが「本物」なのだと思う。

これからも「本物」と向き会う時間を意識的につくる。

自分で足を運ぶことももちろんそう。

それだけではなく、

自分自身と向き合う時間や、

他者との何気ない会話。

これまでの既成概念等は一旦抜きにして、

わたしにとっての「本物」が何かを見極めていく。

そうやって、腹落ちした人生をおくりたい。

いつか、わたしも目の前に相手に「本物」を提示できるようになりたい。

今日も読んでいただきありがとうございます。

すばらしい日曜日をおすごしください。

ピース。

世界平和。

ではまた🍌

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