日記

凡人 20220618

2022年6月18日

“Hello,World”

nabablog a.k.a 投資家バナナ🍌と申します。

土曜日の朝。今日も素晴らしい一日。

凡人

ばぁちゃんがすむ釧路

わたしには93歳になるばぁちゃん(祖母)がいる。

昨日から姉弟と、札幌からばぁちゃんがすむ釧路にでかけてる。

道中のいろいろはいいとして、

コロナになりしばらくあっていなかったばぁちゃんにあうことができた。

いつもどおりの結論

普通に、会えるということや時間を共有するということ。

これがどんなことなのかと、

考えたりする。

そのうち、

そもそも一人一人が生きる時間に思考はめぐる。

それぞれが生きている時間は、

命そのものともいえる。

そのなかで、

今日はこの人と会おう。

この人と同じ時間を共有しよう。

そう考えて、

文字通り取捨選択を、

わたし達はしているのだといつもの通りの結論にいたる。

凡人

わたしはどんな人と会い、

どんな人と同じ時間を共有することを願っているのか。

こんなシンプルな問いが、

人生の意味とか幸せとか、

そんな抽象的だけれど重要に思えるテーマを考える上でのヒントになる気がする。

例えば、

わたしは90歳まで生きるとして、

数百キロを超えて会いに来てくれる人がいる人間になれるのか。

死んでもからもなお、

思い出してくれて「たのしかったよな」「ありがたいよな」とか、

そんなことを思ってくれる人がいるのか。

わたし自身答えはまだでていない。

また年老いてからもなお、

死んでからもなお、

誰かが自分のことを思ってほしいと心のそこから思っているのか。

そのへんも怪しいところ。

ただ、

ここ最近の自分の心の動きや、

思考のパターンを見ているとわかることがある。

わたしは自分が考えているほど「人と変わっていない」し、

ありきたりと言われるような「幸せ」でも十分幸せを感じることができる人間だということ。

凡人なんだ。

だから、

「孤高」と言われるような生き方ではきっと潰れてしまう。

家族を作り、

友人とも良い関係性を築きながら、

生きていくとくのが向いている人間なのだ。

「凡人」としての幸せ。

これをしっかりと形にしていく。

だれかに会いに行く「旅」というと、

いつもの「旅」と違う。基本的に「旅」にそういった目的はない。

しかしながら、今回のばぁちゃんに会いにいく「旅」は、なにかいろいろなヒントになりそうな気がしてる。

ありがとうばぁちゃん。

今日も読んでいただきありがとうございます。

素晴らしい一日をおすごしください。

ピース。

世界平和。

ではまた🍌

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