日記

「ただ寝てりゃいい」は特権 20230919

ナバブロと申します。

火曜日の昼。今日も素晴らしい一日。

「ただ寝てりゃいい」は特権

火曜日の昼

日々、他者と自分と向き合う。

偉そうにも「もっとこうすればいいのに」なんてことが、

頭をよぎったりもする。

ただそんなことが野暮であることは間違いないし

「どこまでいっても他者をけることなんてできない」

という鉄則がそこにはある。

だからそこはぐっとこらえて、

自分のやるべきこと、

向き合うべき課題に目を向けるようにしている。

意識を変えれば行動が変わる。

以前よりはこのことが、

自分の生活に落とし込めてる気がしている。

これは小さいけれど確かな一歩。

日々、着実に積み上げる。

他者との比較なんて意味がない。

どこまでいっても、

わたしはわたしの人生しか歩むことはできない。

これはあなたにとっても同じことがいえる。

ただわたしの周囲になっている人には幸せになって欲しいとは思う。

他者に干渉しないこと。

いろいろ口を出さないこと。

周囲との比較をしないこと。

これらと「他者に無関心でいること」とは、

また違うはなし。

ムズいけれど。

きっと伝わるはず。

運がよければかもだけれど。

そのためにわたしにできることがあるとすれば、

喜んでやりたいと思う。

火曜日の昼。

果報は寝て待て

『果報は寝て待て』という昔の人の言葉がある。

これは

「幸運というものは、人の力ではどうすることもできない。 だから、あせってあれこれ動き回るより、静かに時期を待つのがよい」という意味が一般的。

これは頷ける一方で、

わたし自身のありかたを問われる気がしている。

結論「ただ寝てりゃいい」っていう意味ではないと、

わたしは解釈している。

最近いままでやってきたことの芽が少しずつ出てきている。

一つ一つのことは本当に些細ともいえることかもしれないけれど、わたしにとっては大きな一歩一歩だ。

「ぜったい無理」と思うような状況でも、

それでも「種を巻くことを辞めない」こと。

そうすればそのうち芽はでる。

「何かを掴んだ」というには、

もう少しだけ時間がかかりそうではあるけれど、

すこし取っ掛かりは見つけられた。

「ただ寝てりゃいい」は特権

「ただ寝てりゃいい」というのは、やるべきことをやった人間に与えられる特権だ。

「あとは寝るだけ」という状況を作るのは、

それなりにいろいろな準備がいる。

しかも寝ているところに、

せっかくの「果報(「報い」というよりは「チャンス」という意味でわたしはとらえている)」が来たときに、

それを自分がつかめるような瞬発力と体力を持ち合わせていなければ、

それはどうにもならないのだ。

『チャンスの神様には前側しかない』なんて言葉もある。だから、ここは少しだけシビアに見ておく必要があるね。

まぁそこでもそれは「結果」が全てというところで、

「なんであのチャンスに飛びつけなかったのか、、、」なんて考える後悔よりも、

「あんな千載一遇のチャンスをものにできない状態に自分はあった」という事実をしっかりと受け止めて、

いつでもチャンスを掴み取れるような姿勢をとること。

これが何よりも大切。

いつくるかわからない、

それでもふとした瞬間にやってくる果報を、

あなたのものにできるように準備を始めよう。

その上でも

「ただ寝てりゃいい」という状態を作り出すためにも、

自分の現在地とたどり着きたい場所のギャップをしっかりと意識して、

日々自分の課題に取り組むことが大切。

保証はできないけれど(笑)きっと、

その時のあなたが掴み取るべきチャンスが、

また形を変えてやってくるはず。

だから大丈夫。

「ただ寝てりゃいい」は特権。

やるべきことをやり続けたヤツにだけ与えられるもの。

今日はサクッとこんな感じ。

9月も気づけば後半戦。

週末は大阪でライブ。

年末まで駆け抜けよう。

現場からは以上です。

読んでいただきありがとうございます。

ピース。

世界平和。

ではまた。

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